**土壌病害
土壌病害のうち,
一部は能動的に移動するものの,ほとんどは待機型である.待機中の病原菌は耐久生存器官を形成し,
パッチ状にゆっくりとその範囲を広げていく.広がりは遅いものの耐久能力が高いので防除が難しく,連作をすると年々広がっていき,
最終的には産地崩壊などを引き起こす.
地上部病害と比較すれば,
地上部病害はその広がり方が複利的であるのに対し,土壌病害は単利的に広がると言うことが出来る.
**病気は例外的
病原の8割は菌類であるが,
10万種の菌類に対して病原菌は8000種程度である.
つまり,ほとんどの菌は腐生であるのが普通であって,病気は例外的な現象と言える.
**宿主範囲
病原菌の宿主範囲というのは限定的であるのが普通である.いくつもの宿主に感染するものは多犯性病原菌と呼ばれ,
その代表的なものが世界2大病害の1つとして知られるワタ根腐病原菌
(Phymtotrychum
omnirotum)
であり,これは1000〜1500種の植物を侵す.
ちなみに2大病害のもう1つはコムギ立枯病菌
(Gaeumannomyces graminis
var tritici)
で,これはGaeumannomyces
graminisの変種で,
病原性が分化したものである.例えばG. graminis var avenaeならばエンバクを侵すし,
G. graminis var graminisならばイネを侵す.
**病原性の分化,
寄生性の分化
病原性や寄生性が分化しているのはG.
graminisだけではない.
例えば各種植物の萎凋病を引き起こすFusariumu
oxyporumには分化型
(forma speciales = f.
sp.)
が存在し,f. sp.
spinaciaeならばホウレンソウ,
f. sp.
lycopersiciならばトマト,
f. sp.
rophaniならばダイコン,
f. sp.
fragariaeならばイチゴなどと80種の分化型が知られている.
また,細菌の病原型はpathovarで表される.
**競争的腐生能力
(competitive
saprophytic ability)
菌類が植物遺体などの基質を利用できる程度を表したものが競争的腐生能力である.これは一般に腐生菌ほど能力が高く,
寄生菌ほど能力が低くなる.
**植物と病原体
非宿主植物と非病原体が出会っても発病しない.これは互いに相手を認識していないためだと考えられている.
同様に非宿主植物と病原体が出会っても発病しない.これは少し複雑で,病原体は相手を認識していないが,
植物の方は病原体を認識していると考えられている.そして宿主植物と病原菌が出会ったときは病気が発病するが,
このときは両者共に相手を認識していると考えられている.
**レース
植物の種ではなく,品種群に対する病原性の分化をレースと呼ぶ.あるレースとある品種を見たとき,親和性
(compatible)
の場合はSと表記し,
非親和性(incompatible)
の場合はRと表記する.
**gene-for-gene
theory
作物品種が特定のレースに示す抵抗性(非親和性)反応は,病原菌レースの「非病原菌遺伝子」が作物品種の「抵抗性遺伝子」
に対応した場合にのみ発現するという考え.
このとき,「非病原菌遺伝子」と「抵抗性遺伝子」はともに優性であるのが普通である(ただし例外も存在する).
なぜ「非病原性遺伝子」などというものを病原菌が持ち,それを植物が認識して抵抗性を示すのかについて詳しくは分かっていないが,
「非病原性遺伝子」の中には病原性を強化するようなものがあり,
そうしたいわば武器のようなものを植物が認識して抵抗性を示しているのだという説明はできる.しかし,全ての「非病原性遺伝子」
が病原性に関連しているというわけではない.
**垂直抵抗性と水平抵抗性
前述したレース-品種間で発揮される抵抗性を垂直抵抗性と呼ぶ.
垂直抵抗性は遺伝子間の相互作用であるので環境により変動しにくい.真性抵抗性,質的抵抗性とも呼ばれる.
これに関与する遺伝子はmajor
gene
(主動遺伝子)と呼ばれる.
一方,レース-品種間で特異な相互関係の見られない抵抗性は水平抵抗性と呼ばれる.
これはQTLの加算的効果により発揮される抵抗性で,
特定の成分の種類や量,形態的特性や病原性因子に対する感受性の程度などに関与すると考えられており,
環境により変動しやすい. 圃場抵抗性,量的抵抗性とも呼ばれる.これに関与する遺伝子はminor
genes
(微動遺伝子)と呼ばれる.
**侵入抵抗性と拡大抵抗性
病原体が宿主組織に侵入しようとするときに働く抵抗性を侵入抵抗性と呼ぶ.厚さや硬さといった構造,
ワックスや抗菌性物質などが関与する場合が多い.
また,病原体が宿主組織に侵入した後に,病原体の増殖と蔓延に対して働く抵抗性を拡大抵抗性と呼ぶ.
**静的抵抗性
植物が本来備えている抵抗性.構成的抵抗性とも呼ばれる.潜在性の抗菌物質,細胞壁の厚さ硬さ,形態などが要因.これはさらに形態的障壁,
生化学的障壁の2つに分けることができる.
**形態的障壁
例えばイネのいもち病などに対する抵抗性は表皮細胞のケイ質化の程度に関連している.
また,イネ白葉枯病菌に抵抗性のあるアシカキは,孔辺細胞の微小な突起により菌の侵入を妨げている.その証拠に,
イネ白葉枯病菌をアシカキに傷を付けて接種すれば感染する.
**生化学的障壁
植物成分が抵抗性に関与する場合,
その成分が菌にとっての栄養分である場合と抗菌性物質である場合との2つが考えられる.
前者の場合,例えばいもち病ではN肥料が多いと罹りやすくなる.
これはNが多いと植物体内にいもち病菌の養分となりうるアミノ酸が増加するためである.
また後者では,例えばGaeumannomyces graminis
var. avenaeはエンバクの産生する抗菌物質のアベナシンを分解する酵素を持っているため,
エンバクに感染することが出来る.
ちなみに植物体が病原微生物の攻撃を受ける前から持っている抗菌物質をプロヒビチン,
病原微生物の攻撃により簡単な化学変化を起こして合成される抗菌物質をインヒビチン,両者を総称してファイトアンティピシンと呼ぶ.
**動的抵抗性
病原体の攻撃により新たに誘導される抵抗性のこと.誘導抵抗性とも呼ばれる.
これには植物体の一部に現れる局部的抵抗性と全体に現れる全身抵抗性がある.また,その現れ方から形態的反応と生化学的反応に分けられる.
**形態的反応
まず一つの例としてパピラ(乳頭突起)が挙げられる.これは病原菌が形成した付着器から進入菌糸が伸びてきたとき,
細胞膜の内側に形成される突起である.パピラは多糖であるカロースや無機成分,フェノール物質などが沈着して形成され,
菌糸の侵入を食い止める.
次にwall
depositionが挙げられる.
これは細胞壁自身が肥大して菌糸の侵入を食い止めるものである.
さらに組織のリグニン化も抵抗性に関与する.病原菌の伸長とリグニン化のどちらが早いかが抵抗性と羅病性を左右する.
また,菌の感染により生成される過酸化水素はヒドロキシプロリン,プロリンに富む糖タンパクの架橋重合を促進し,
細胞壁強度を増すと考えられている.
非親和性病原体が抵抗性品種の組織内に侵入すると,植物細胞は急激に形態学的・生化学的変化を起こし,病原菌を封じ込める.
これは過敏感反応(hypersensitive
reaction)
と呼ばれ,これによる植物細胞の死亡は過敏感死と呼ばれる.過敏感死を起こすと侵入した菌も死滅する.
**生化学的反応
**ファイトアレキシン
「微生物の攻撃によって植物中で新たに合成・蓄積される低分子の抗菌性化合物」の事をファイトアレキシンと呼ぶ.
これは侵入抵抗性に関与すると考えられる第一相のファイトアレキシンと,
拡大抵抗性に関与すると考えられる第二相のファイトアレキシンとに分けられる.
**エリシター
ファイトアレキシンを誘導する物質のことをエリシターと呼んだ.
現在では植物に抵抗反応を誘導する物質を総称してファイトアレキシンと呼んでいる.
**非生物的エリシター
水銀や銀,銅やアルミといった重金属,紫外線,合成化合物などは非生物的エリシターと呼ばれる.
農薬の中にはplant
activatorと呼ばれる全身抵抗を誘導することを目的とした,
抗菌性を持たない合成化合物も存在する.
**生物的エリシター
菌体から出る各種の物質,例えばタンパク質,糖タンパク質,ペプチド,糖ペプチド,多糖類,脂肪酸,キチン,グルカン,毒素,抗生物質,
シデロフォアなどはエリシターとなりうる.また胞子発芽液や培養ろ液,菌体細胞壁もエリシターとなる.
また,病原菌の酵素により細胞壁が破壊される過程で発生する植物のペクチン断片や糖ペプチドもエリシターとなることがあり,
これらは特に内生エリシターと呼ばれる.
なお,エリシターは受容体(レセプター:receptor)
に認識されて初めて作用する.
**PRタンパク質
(pathogenesis-related
proteins)
病原微生物の感染やエリシター処理により産生される,健全植物には見られない各種タンパク質のこと.キチナーゼやグルカナーゼ,
パーオキシダーゼやオスモチンなどが含まれ,また機能不明のタンパク質も含まれる.
**感染阻害因子
病原菌の侵入のみを阻止する.胞子発芽や発芽管の伸長は阻止しない.
例えばカテキンなど.
**その他の抗菌性物質
多くはフェノール性物質.フラボン,クロロゲン酸,タンニンなど.
病原菌の感染により増加
**抵抗反応における情報伝達系
(signal transduction
cascade)
まず菌の侵入に伴い,細胞外のCa++がCa++チャンネルを経て細胞内に流入する
(このとき菌がCa++キレーター
(Mn,
EGTA)
を産生すると,その後の情報伝達が阻害され,ファイトアレキシンの誘導も抑制される.).
次にGTP結合タンパク質の活性が増大し,
続いて各種タンパク質リン酸化酵素(プロテインキナーゼ)が活性化される(ここでプロテインキナーゼ阻害剤を処理すると,
抵抗性発現が抑制される).
**セカンドメッセンジャー
外界からの刺激などで細胞内に作られる情報因子.Ca++やCAMP,
活性酸素種のほか,植物のみにみられるものとしてサリチル酸,ジャスモン酸,エチレンなどがある.
**植物病原菌に必要な三つの性質
植物病原菌に必要な性質として,まず宿主に侵入する性質,つぎに宿主の抵抗性に打ち勝つ性質,
最後に宿主を加害する性質の3つが挙げられる.
前者2つは侵略力と呼ばれ,
加害する性質は発病力と呼ばれる.
侵略力があるからといって必ずしも発病力を備えているとは限らず,その好例がマメ科植物に共生する根粒菌である.
根粒菌は発病力を備えていないので病原菌ではない.
**宿主に侵入する性質
気孔や水孔といった自然開口部から侵入する菌もいるが,多くの糸状菌は細胞壁を破って各皮侵入する.角皮侵入する病原菌は,
物理的な侵入力と科学的な侵入力を備えている.
**物理的な侵入力
角皮侵入する病原菌は,金箔やポリビニルフォルマール,コロジオン膜といった酵素で分解できない膜も貫通することから,
物理的な侵入力を備えていることが分かる.
これは付着器の内部に発生する高い膨圧によるもので,
この膨圧発生にはメラニンによる細胞壁強化と浸透圧を高めるためのグリセロール流出を防止する作用が重要である.実際,
メラニンの沈着をトリシクラゾールやピロキロンといった薬剤により阻害してやると病原菌の侵入力は無くなる.
**化学的な侵入力
化学的な侵入力に関しては,植物表層,細胞壁を分解するクチナーゼ,セルラーゼ,ペクチナーゼといった酵素が関与すると考えられている.
事実,エンドウ根腐病菌(Fusarium solani f. sp. pisi)
ではクチナーゼをコードする遺伝子を破壊すると病原性が低下する.
だが一方でクチナーゼをコードする遺伝子を破壊しても病原性の低下しない菌もあり,クチナーゼの役割については評価が分かれている.
**宿主の抵抗性に打ち勝つ性質
オオムギにメロンうどん粉病は感染しないし,メロンにオオムギうどん粉病は感染しない.だが,オオムギにオオムギうどん粉病を接種した後,
その菌糸を拭き取ってメロンうどん粉病がオオムギに感染できるようになる.
同様の処理をメロンに行うとメロンにオオムギうどん粉病が感染する.これは受容性の誘導と呼ばれる.
逆にオオムギにメロンうどん粉病菌を接種した後オオムギうどん粉病菌を接種すると感染が起こらない.こちらは拒否性の誘導と呼ばれる.多分.
これには2つの仮説があり,
一つは親和性菌がエリシターを生産しないので宿主の動的抵抗性を誘導しないというもの,
もう一つは親和性菌が宿主の動的抵抗性を誘導するが,その障壁を取り除く能力を持っているか,
障壁の形成を阻害する仕組みを持っているというものである.
ただし前者は病原菌もエリシターを生産することが確認されているので現在は否定されている.
**障壁を取り除く能力
先にも述べたエンバク立枯病菌(Gaeumannomyces graminis
var. avenae)
はエンバクの生成する抗菌物質のサポニン(アベナシン)を分解する酵素(アベナシナーゼ)を有するためエンバクに感染することができる.
同様に例えばトマトならばトマトのサポニン(α-トマチン)
があり,トマトの病原菌はそれを分解する酵素(トマチナーゼ)を有している.
また,ファイトアレキシンの分解・解毒能力が病原性に関与する場合もある.一般的に病原菌は非病原菌よりもファイトアレキシン耐性が高い.
たとえばエンドウ根腐病菌(F. solani f.
sp.pisi)
の病原性程度はエンドウのファイトアレキシンであるピサチンへの耐性の程度が関係あり,
またピサチンへの耐性にはピサチンを解毒するピサチンメチル化酵素が関与している.
しかしながら宿主のファイトアレキシンに強い感受性を示す病原菌もあり,必ずしも病原力とファイトアレキシン耐性は相関しない.
**障壁形成を抑制する能力
エリシターの働きを阻害し,宿主の動的抵抗性誘導を阻害する物質のことをサプレッサーと呼ぶ.サプレッサーは
「病原菌の毒素とは異なる宿主特異的な抵抗性抑制因子」と定義されている.
サプレッサーは病原菌の培養液や胞子発芽液,菌体破砕液に含まれる.
エリシターに比べ低分子なので,エリシターより先に受容体に結合することで宿主の膜構造に異常をきたし,
ATPaseなどが機能障害をおこし,
その働きを阻害する.
なお,サプレッサー存在下だとサプレッサーを産生する菌の宿主植物へ非病原菌が感染できるようになる場合がある.これは感染誘導と呼ばれ,
サプレッサーが宿主特異性の決定因子であることを示している.
**宿主特異的毒素
(host specific toxin:
HST)
Alternaria
alternataは本来腐生菌であるが,
病原性を示すpathotypeが確認されている.
各pathotypeと腐生種の間に形態的な差はなく,
生産する毒素のみが異なる.この毒素は宿主特異的毒素(HST)
と呼ばれ,次のような特徴がある.
+宿主植物にのみ毒性を示すこと
+植物の毒素耐性と病害抵抗性が一致すること
+菌の毒素生産能と病原性が一致すること
+病原性胞子の発芽時に毒素が生産・
放出されること
+毒素によって宿主細胞の生理学的変化が引き起こされ,
病原菌の感染を可能にすること
なお,HSTもサプレッサーと同様に宿主特異性の決定因子となる.
すなわち,HSTもサプレッサーであると言うこともできる.
**加害する性質
病原菌が宿主植物を加害する因子としては,酵素,毒素,そして植物ホルモンが挙げられる.
酵素としては野菜類軟腐病菌(Erwinia
carotovora)
の産生するペクチン分解酵素などがある.
毒素としては先にも述べた宿主特異的毒素の他,非特異的毒素(non-host specific
toxin: NST)
がある.これにはFusarium属の産生する,
萎凋を引き起こすフザリン酸などがある.
**フザリン酸
Fusarium
oxsporumの産生するフザリン酸とフザリン酸に抗菌活性のあるPGPRとの間には次のような関係がある.
PGPRはF.
oxsporumに抗菌活性を示すのだが,
フザリン酸にはPGPR産生を阻害する性質もある.
つまりフザリン酸はF.
oxsporumの自衛手段としても役立っているのである.
**病原性の証明
病原性を証明する方法の一つは,病原性遺伝子を単利し,それを非病原菌に導入することである.これにより病原性を示したなら,
病原性を証明したと言うことが出来る.
だが,ある場合に置いて病原性を決定したと思われていた遺伝子が非病原菌から見つかることもある.つまり,
病原性は単一の遺伝子によっては支配されていないということである.
もう一つの方法として,病原性の変異を調べるという方法がある.
これは病原性の喪失株ともとの病原性株との遺伝子構造を比較し,遺伝子の機能解析を試みるというのもである.
**宿主ファクター
Fusarium solani f. sp. phaseoliを宿主植物でないダイコンに繰り返し接種しているといつしかダイコンに感染できるようになる.
また,Verticillium alboratnum
pv. menthaeをトマトに繰り返し接種するとトマトに感染できるようになるばかりか,
本来の宿主であるハッカへの感染力が低下する.いずれも原因は不明である.
サトウキビ眼点病菌(Helminthosporium
sacchari)
は時に病原性を失うが,これにサトウキビ成分のセリノールを合わせてサトウキビに接種すると病原性が復活し,宿主特異性毒素
(HST)
の産生も再開する.